南太平洋に中国が堂々進出、ソロモン諸島と安保協定締結の大問題 ソロモン警察はすでに中国公安化、中国の軍事拠点化は必至

南太平洋に中国が堂々進出、ソロモン諸島と安保協定締結の大問題

ソロモン警察はすでに中国公安化、中国の軍事拠点化は必至

2022.4.7(木)福島 香織

福島 香織(大阪大学文学部卒業後産経新聞に入社。上海・復旦大学で語学留学を経て2001年に香港、2002~08年に北京で産経新聞特派員として取材活動に従事。2009年に産経新聞を退社後フリーに。おもに中国の政治経済社会をテーマに取材。主な著書に『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス、2020)、『習近平の敗北 紅い帝国・中国の危機』(ワニブックス、2020)、『中国絶望工場の若者たち』(PHP研究所、2013)、『潜入ルポ 中国の女』(文藝春秋、2011)などがある。)

中国と南太平洋の島嶼国・ソロモン諸島が、広汎な範囲におよぶ安全保障のフレームワーク協議に調印する予定であることが、3月末、ネット上にその草案が流出したことで世界に知られてしまった。

 メラネシアを「自国の裏庭」といってはばからなかったオーストラリアにとっては、どうやら寝耳に水であったらしい。

 世界の耳目がロシアによるウクライナ戦争に集まっている隙に、中国が着々と南太平洋諸島の軍事拠点化を進めていたことの意味を考えてみたい。

危うい草案の中身

 この草案の写真がツイッターなどSNSで流れ始めたのは3月24日ごろだった。

 草案は7カ条あるが、重要なポイントを3つにまとめると以下のようになる。

(1)中国は警察、武装警察、軍およびその他の法執行武装機関を、ソロモン諸島政府の要請に応じて派遣し、ソロモン諸島の治安維持任務や、人民の生命の安全や財産の保護、人道的援助、災害救援を行う。中国側が必要とすれば、ソロモン諸島側の同意のもと、艦船をソロモン諸島に訪問させ、ソロモン諸島で補給を行い、ソロモン諸島で停留、トランジットすることができる。ソロモン諸島側はあらゆる必要な施設を提供する。また、中国の関連部隊は、ソロモン諸島における中国人および主要プロジェクトの安全を守るためにも使用され得る。(第1条)

(2)中国はその他の任務にも協力し、同時に守秘義務を求めることができる。当事者(中国とソロモン諸島)の書面による許可がない限り、その情報は第3者に公開できない。いずれかが拒否すれば、メディアブリーフィングを含めて協力内容の情報を漏らすことはできない。(第5条)

(3)このフレームワークを妨害するような議論、争いが発生した場合、当事者同士で相談によって解決する。

 この草案は一読するだけで、危ういと感じるだろう。

 まずソロモン諸島という、政治的にまだ成熟していない国家が中国色に染め上げられる可能性がある。ソロモン諸島は軍隊を持たない。警官も800人程度。しかも、いまだ部族社会的な価値観が民主主義や法治よりも優先されがちだ。そのため、ソロモン諸島の政治は汚職、腐敗が大きな問題となっており、中国のような国が入り込むスキがある。

 市民の中には、そうした政治を正そうと、欧米式の平和デモ、抗議活動を行う有識者や組織が存在する。

 一方で社会には、大きな貧富格差のなかで、仕事のない鬱屈した若者の怒りが平和デモを乗っ取る形で「暴力事件」を引き起こす危うさもくすぶっている。この貧富格差は、中国が近年急増させている投資プロジェクトによって拡大しているという状況もある。

 そんな国で中国が安全保障に協力し、ソロモン諸島の治安維持にコミットすればどうなるか。

 成熟した香港の市民デモ文化でさえ、中国公安のやり方にかかれば「暴徒」として鎮圧され、テロリストや犯罪者に仕立て上げられるのだから、ソロモン諸島の民主主義運動など、あっという間に根絶やしにされるのではないか。

ソロモン警察が中国公安化

 ちなみに中国とソロモン諸島は、この草案とはまた別に警察警務サービスに関する協力協議にも調印している。

 これは、昨年(2021年)11月に発生したソロモン諸島首都ホニアラの反体制運動が、大衆の社会不満にリンクして暴徒化し、チャイナタウンが焼き討ちにあい、華人が死傷した事件を踏まえて、12月にソロモン諸島と中国の間で結ばれた協力協議だ。

 11月の暴動のときには、オーストラリア、フィジー、ニュージーランド、パプアニューギニアによる平和維持部隊200人が派遣されて事態の鎮静化に当たったが、このとき、中国は自国の武装警察や解放軍を派遣できていなかった。

 この新たな警務サービス協力協議に基づいて、中国は中国流暴動鎮圧術を教えるための中国公安警察の顧問団を派遣し、武器装備を供与。今年3月14日には研修講座が開講した。

 この中国公安の顧問団の影響なのかどうかはわからないが、3月17日、マライタ州都アウキ郊外の農村に住む民主運動家リーダー狩り作戦が展開され、未明にソロモン警官隊20人が村を襲撃する出来事があった。この時、催涙弾やゴム弾による無差別攻撃があったようだ。

 こういう野蛮なやり方はこれまでのソロモン警察のやり方と違う、というのが南太平洋島嶼国の安全保障問題専門家の早川理恵子氏らの意見だ。つまりソロモン警察は、中国公安化が進みつつあるようなのだ。

 ちなみに、この警察による襲撃は村民の抵抗によって失敗したというが、次に同じ作戦をとるときは、もっと徹底的に容赦なく行われるかもしれない。

中国の軍事拠点と化すのか?

 ソロモン諸島の価値観や司法秩序が中国化するというのも深刻な問題ではあるのだが、より大きな問題は、この協定が結ばれれば、ソロモン諸島に人民解放軍が駐留することも可能になり、それが南太平洋の安全保障の枠組みを根本的に変える可能性があることだろう。

 船舶のソロモン諸島寄港については「中国が必要と認めれば」とあり、この「必要」が軍事戦略上の必要も含まれているのかどうかは、草案の文面だけではわからない。またソロモン側は、補給、ロジスティクスとも中国が必要とするものを一切提供することになっているので、たとえばオーストラリアが長年ソロモン諸島に安全保障目的で投資・整備したインフラを解放軍が使用する、ということになるかもしれない。

 ちなみに、ソロモン諸島のソガバレ首相は3月29日に、中国との間にこうした安全協議草案があることを認めたうえで、同時に国際社会がこれに批判的であることに対して「非常に侮辱的だ」といった表現で強烈な不快感を示した。

 米国との関係が深いミクロネシア連邦のデビッド・パヌエロ大統領が、この安全協定が結ばれれば、太平洋地域が「米中戦争」に巻き込まれかねないと重大な憂慮を示したこともあって、4月2日には改めてソガバレ政権は「ソロモン諸島に中国の軍事基地を呼び込めば後々に影響を引き起こすことはわかっている。当局の管理のもと、そういうことにはならない」と、ソロモン諸島が中国の軍事拠点と化すことを否定した。

 もっとも、ソガバレ首相がソロモン諸島の中国の軍事拠点化をどれほど否定したところで、オバマ政権時代の8年の間に南シナ海の軍事拠点化を実現した中国のやり方を見ていれば、説得力に欠けるだろう。オーストラリアのピーター・デュトン国防相は「中国は南シナ海の人工島建設は軍事目的でないと言いつつ、すでに20の軍事基地を南シナ海の島々に造っている」とメディアで指摘している。

太平洋に作られた中国包囲網に対抗

 インド太平洋の軍事戦略研究家でもある台湾国策院顧問の陳文甲が、米メディア「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」のインタビューで、中国にとってこの協議草案の真の狙いは、米国のインド太平洋包囲網計画を突破することにある、と指摘している。

 陳文甲によれば、米・豪・日・印による「QUAD」、それに続いて2021年9月に打ち出された米・英・豪の「AUKUS」といった安全保障上の中国包囲網が太平洋において作られたことに対抗する中国の動き、ということだ。

 米軍はアフガニスタンから撤退した後、その軍事資源をアジア太平洋地域に集中させ、QUADやAUKUSの構築を進めた。沖縄と台湾、フィリピンをつなぐ第1列島線、小笠原からグアム、パプアニューギニアをつなぐ第2列島線、ハワイから米領サモアをつなぐ第3列島線の守備を強固にして、中国の太平洋進出を阻もうという意図がある。

 中国は、現代を100年周期で巡ってきた国際社会の再構築時期と捉えて、新たな国際社会の枠組みのイメージを描いている。それは、米国の軍事プレゼンスをハワイくらいまで押し戻し、ハワイ以西のアジア、インド太平洋地域を中華圏にするという壮大な野望の実現である。

 陳文甲はこの駆け引きが目下の米中対立の本質だとみている。

進められていたチャイナマネーによる攻略

 ただ、今年に入って東欧の安全保障のカギであったウクライナ問題が戦争という形で弾け、世界の意識がそちらに向かった。米中対立より、ウクライナをはさんだ米露対立に注目が集まり、ロシアを制裁する過程で、中国の出方が注目されていた。

 中国としては、QUADとAUKUSの二重の包囲網をいかに突破するかを考えた場合、1つの方法としては台湾統一によって第1列島線の鎖を突破するというやり方だろう。しかし、これは米国も日本も、そして何より台湾自身が最も警戒し、危機に備えている。

 ウクライナ戦争のどさくさに紛れて、中国が台湾に対して何か仕掛けてくるのではないか、という見方もあった。だが、軍事力世界2位といわれたロシアが小国ウクライナを攻略するのにあれほど苦戦しているのをみれば、中国軍が海で囲まれた台湾に進攻することは決して生易しいものではないと気づかされたのではないだろうか。

 ならば、第1列島線も第2列島線も越えて、メラネシアを武力ではなくチャイナマネーで攻略できれば、それに越したことはない。

 そういった着想は今に始まったことではなく、ソロモン諸島に関しては、チャイナマネーの威力で台湾との外交関係を2019年に断交させている。2021年11月のソガバレ退陣要求デモの背景には、こうした中国と台湾のソロモン諸島をめぐる外交戦がソロモン諸島内政に反映した権力闘争があった。

 中国はかねてから南太平洋島嶼国に対して、「一帯一路」構想と海底ケーブル敷設事業を建前に浸透工作を続けていた。近年になって、中国企業がこの地域の海底ケーブル事業に関わることの安全保障上のリスクに各国が気づき始めて、中国企業を排除しようとした動きも出てはきている。

 陳甲文は「ソロモン諸島との安全協議が調印されれば、米国の対中包囲網に対する牽制になるほか、南太平洋の陣取りに成功した、と宣揚することになる」と、その影響力の大きさを指摘する。

 仮にソロモン諸島に中国の解放軍海軍拠点ができれば、米豪軍事同盟を寸断する役割を担うとともに、「中国は南太平洋地域において、一帯一路という経済の盾と、この安全保障協議という矛を持つことを意味する。東シナ海、台湾海峡の第1列島線を突破してくる本国からの勢力とともに、第2列島線、第3列島線突破作戦を進められる」(陳文甲)というわけだ。

周辺国がソロモン諸島を説得

 さて、この協議は果たして本当に調印されるのか。このタイミングでネット上に草案がリークされた、ということはソロモン諸島の政府内部、あるいは官僚内部にも、中国に安全保障を依存する今の動きはよくない、と考える勢力がいる、ということではないだろうか。

 まだ、ソロモン諸島にこの協議に調印させないチャンスはあるのか。オーストラリアはパプアニューギニア、フィジーその他の太平洋島嶼国にも、オーストラリアの懸念を伝えて、ソロモン諸島を説得するように呼び掛けているという。

 この地域に中国軍を引き入れることになれば、この海域が米中対立の核心地になりかねない。そうなれば、ウクライナが、東欧の安全保障枠組再構築をめぐる、米欧とロシアの戦の中心地になったように、この地で衝突が起きる可能性も高まるわけだ。

 かつて、この地域は日米が血を流した激戦区だった。そういう歴史を繰り返さないために日本もなにがしかの影響力を発揮できないか、考えてみてもいいのではないか。

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