看過できぬ中国のジェノサイド、ウイグルを襲う「優生」の悪夢

田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

看過できぬ中国のジェノサイド、ウイグルを襲う「優生」の悪夢

田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)

 中国新疆(しんきょう)ウイグル自治区の少数民族ウイグル族に対する、中国政府の「ジェノサイド(民族大量虐殺)」が国際的な批判を集めている。強制的な不妊手術、収容施設での洗脳や強制労働、強引な同化政策など、まさにジェノサイドと言っていい所業が伝えられているからだ。

 だが、中国政府は国際社会からの批判をまったく受け付けない。不妊手術の件数や出生率の激減などは、中国政府の公的資料から明らかにされたが、それを隠蔽(いんぺい)する気配すらない。要するに「確信犯」的なのだ。

 だが、どうしてここまで「確信犯」になれるのか、という疑問が生じる。その答えの一つは、中国政府と地方政府が「人口消滅政策」とも言うべき人口抑制、今までの政策と無矛盾だと思っているからだろう。つまり、われわれにとっての悪夢が、中国政府にとっては「合理的」なのである。

 ウイグル族へのジェノサイドは、16年に撤廃された「一人っ子政策」という人口政策の量的なコントロールと、それと同時に行われているゆがんだ優生主義的な思想から考えると分かりやすいのではないか。

 ここで、優生主義とは「遺伝と環境の改善によってもたらされるよりよい『生』によって成り立つよりよい『社会』の希求」(「人口論入門」杉田菜穂著)と定義しておこう。優生主義では、人の『生』が優良なものから劣るものまで順位をつけられる可能性があるという、悪しき社会的排除と強く結びついている。優生主義ないし優生思想の流れは、各国の多様な社会・経済思想や、制度と結びついて複雑なものがある(参照「優生学と人間社会」米本昌平ほか著)。

 日本でも優生保護法が96年に改正され、その法律から「優生」の文字が削られるまで長く存続した考えであり、不妊手術を強制できる規定もあった。今日でも旧優生保護法の被害をめぐって裁判が続いている。最近の遺伝子工学の進歩もからんで、決して過去の問題とはいえない。だが、中国では日本や欧米とはまったく異なる次元で、この優生思想的な発想が根強い。

中国新疆ウイグル自治区の街頭スクリーンに映し出される習近平国家主席=2017年11月(AP=共同)

 「消えた女性」問題というものがある。中国では女子よりも男子のほうがはるかに多く生まれ、育てられている。これは女子よりも男子を好む優生思想から生まれている。人工中絶や育児放棄、病気にかかっても積極的に治療しないなどで、小さな女子の生命が失われてしまったという指摘である。なお、中国だけでなく、インド、中東、アフリカのいくつかの国や地域でも同様の問題が生じている。

 だが、中国では80年代からの一人っ子政策の採用、もともとの男子選好、さらには90年代から普及する男女の産み分けと中絶手術によって、07年には男児の数が女児の1・2倍に達している。

 また、一人っ子政策そのものによる人権侵害も深刻だった。そもそも一人っ子政策は、有限な資源(土地、食料、経済的機会)と爆発的に増加する人口という視点に重きをおいた中国的マルサス主義に基づく。

 先進国では、子供を持つのも持たないのも、そして何人持つのかというのも、すべて個人の自由である。もちろん、さまざまな社会的・経済的な事情はあるかもしれないが、法的に子供の数が制約されることはない。一人っ子政策は、それ自体が人権を損ねるものだった。

 そもそも、中国研究者のアーサー・クローバー氏が「チャイナエコノミー」で整理しているように、アジア各国では人口抑制政策を採用しなくとも、経済発展につれて中国以上に出生率が低下している。農村から都市に移動することで、典型的な都市部の住人と同じように、子供を増やそうとしなくなるからだ。

 クローバー氏は一人っ子政策の人口抑制効果ははっきりしないと指摘している。他方ではっきりしているのは「一人っ子政策=計画生育政策による人権侵害」ということだ。この計画生育政策の趣旨は、「晩婚、晩産、少生(少なく産む)、優生(子供の質を高める)、稀(出産間隔を空ける)」というものであり、優生思想が前提にされていた。今でも中国では「人口の質」の改善を目指すとされているが、この定義不明な「人口の質」こそ優生思想につながる怪しい概念である。

 一人っ子は社会的に優遇され、それ以上の子供を抱えることには社会的なペナルティー(罰金など)が科せられた。特に、地方政府での人権侵害は深刻で、財産没収、職場からの追放、家屋の破壊などが見られたという。

 また、出産許可を得ていない女性が妊娠するは中絶手術を受けることになっていたし、出産許可を得ても罰金を払うことができなくて、強制的に中絶同意書にサインを書かされ、その後、胎児を絶命させる注射を無理やりうけたというエピソードを紹介する研究論文もある。

馮氏の妻は救急車で市の病院に連れて行かれ、妊娠検査を強要された。病院に到着後、幹部らは流産と不任手術をするように命じたが、彼女が拒否した。すると、枕カバーで目隠しをさせられ、両腕も押さえられ、右手にペンを持たされた状態で中絶同意書に署名させられた上に、左手の指で押印させられた。

その後、手術室に運ばれ、麻酔の注射と胎児を絶命させるための注射を打たれた。彼女の話では注射後に胎児の動きが止まり、9月12日の朝3時ごろ、妊娠5ヵ月の胎児が死体として産まれた。

馮氏夫婦は、言ってみれば十分な罰金が用意できなかったために、第三子を出産できなかったのである。

「中国における人口政策とその実践」鄭鴎鳴著

 ウイグル族は、少数民族のために一人っ子政策は緩和的に運用されてきた。都市部では2人まで、農村部では3人までとなっていた。実態はもっと多くの子供を抱えている家族もあるという。それだけに、ウイグル族に関して、ここ数年の不妊手術の激増、中絶件数、子宮内避妊具を装着する女性が激増することは、あまりに不自然である。西日本新聞は「2014~18年に、新疆ウイグル自治区の不妊手術が18倍に増え、計10万人の住民が手術を受けた」と報じている。

 驚くべきことだが、中国政府はこのようなジェノサイドで、ウイグル族の「人口の質の向上」を目指しているのかもしれない。

購入した免税品を入れた紙袋を持つ中国人旅行客ら=2021年1月3日、中国海南省三亜市の空港(共同)

 過去の一人っ子政策は、まさに産児制限によって人口1人当たりの経済機会を増やしていく試みだった。現在と未来のウイグル族の人口を「減らす」政策で、ウイグル自治区の経済レベルを、見かけだけ上げようとしているのではないか。そうだとしたら本当に恐ろしい優生思想の悪夢である。

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